当別町は、旧仙台藩岩出山領主、伊達邦直公が維新の政変により、旧臣らへの授産に道を開こうとしてこの地に足跡を印して以来、歳月が流れ140年を迎えました。その間、農業を基幹産業として緑豊かな農村として営々と発展して参りました。その中にあって、商工業の営みが堅実に培われ、昭和12年、同志が相集まり商工会の発足をみたのでありますが、日支事変の影響により、昭和14年自然消滅となりました。戦後本町の経済発展はめざましく、昭和27年総合的な商工業の改善発展を促進し、併せて社会福祉の増進と会員相互の親睦を図るため、任意団体としての商工会が設立され、安保八郎氏が初代会長に就任されたのであります。

昭和31年大同団結のため太美商工会との併合が行われ、当別商工会として一本化されました。昭和35年11月商工会が法制化されるに当り当別商工会を解散し、現在の当別町商工会が設立され、初代会長に浜崎喜久松氏が選任されました。その後、高度成長の中で経済は変貌をとげ、町の人口も最高で19,400人を数えた時期もありましたが、その後年々と減り一時16,000人を割り、過疎化現象をたどっておりましたが、札幌大橋の開通、北海道医療大学の拡充・西当別地区の住宅開発等で、平成22年4月1日では、人口も18,834人、商工会員数も350を数えております。

その間、昭和46年浜崎会長が急逝するまで5期10年、近藤勝氏5期10年、宮永龍美氏5期10年、山田岩雄氏1期3年、辻野修氏2期6年、米口稔氏1期3年、河村佳男氏が5期10年、その後山田明会長が選任され、会長として中小企業の振興発展と経営改善普及事業に尽くされて来ております。

昭和54年に当別町商店街近代化診断の実施、昭和63年には、その一部見直しを行い街づくりについての提案がなされ、その模索が現在続けられております。

また、平成7年には、現商工会館が増改築され、地域経済団体の活動拠点として利活用されております。

今後は、地域社会に貢献する商工会として小規模事業者を対象とする経営改善普及事業はもとより、商工業振興発展のため、更なる躍進を目指すものであります。